この空の向こうに・・・うつ病日記

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help リーダーに追加 RSS 転落への序章(自堕落な私の顛末と天罰の始まり)

  作成日時 : 2007/11/18 10:22   >>

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2006年7月31日、私の母が亡くなりました。
朝私の出勤時には普通に
「気をつけて行って来いよ」
「うん」
「気をつけて行って来いって言ってんだよ」
「うん、大丈夫だよ」
これが最後の会話になってしまった。

帰宅時に、行きつけのガソリンスタンドに行き、
混雑していたので、近くの違うスタンドで燃料を補給した。
当時、私は体重115キロと大変太っていたため、
汗疹と股ズレが酷く、シッカロールを探しにドラッグストアーで
買い物、その後夕食の準備をするための材料を
スーパーに寄って買った後、
途中のコンビニでタバコを買って実家に到着。
時間は午後7時30頃になっていた。

車内で一服し、実家のドアの前に立つ。
あれ?電気が消えてる・・・・どうしたんだろ・・・・・。
とりあえず鍵を開けると、母はテレビの前にバスタオルを敷いて
扇風機をまわし、二つ折りにした座布団にタオルをかけて
上下共、下着一枚でうつ伏せに寝ている様子。
仕方ないなぁ・・こんな暗くなるまでこんな所で寝てちゃ風邪ひいちゃうのに。
最初はそう思うほど、母は穏やかに寝ていると思った。

だが次の瞬間、ゾッとするほどの嫌な感覚が全身に走った。
まさか!!!!!
「かあちゃん!!」
そう言って触れた母の背中は、既に冷たくなってしまっていた。
夢中で母を抱え上げ、仰向けにし、母の顔を見る。
苦しんだ様子は無く、ここ数年で一気に老いてしまったその体には、
力なく、手はダランとしていた。

でも、なぜか私はそこで冷静だった。
救急車を呼ぶと、
「人工呼吸とか心臓マッサージは出来ますか?」
の問いかけに、「はい」と答え、
十年以上も前に、前の会社でレクチャーを受けただけの
心臓マッサージと人工呼吸が、不思議なほどすんなりと出てきた。
と言うよりは、頭に一つ一つやることが声となって入ってきて、
その声に従うことで、救急救命処置を行うことが出来た。
不思議だが、そうなのだ。
多分、私が二十歳の時に亡くなった直ぐ上の姉(当時看護婦)が
そうしてくれていたように思う。

「先ず、軌道を確保して、首を伸ばすと気管が伸びるから」
その声で、首の下に、座布団をいれ、真っ直ぐに伸ばす。
「口を開いて、口をくわえるように、鼻を押さえるか一緒に咥えないと、
  空気が鼻から出るから、気をつける。
  強く吹かないと以外に肺まで入らないから」

その声に従い、人工呼吸をする。
初めて触れた母の口は、もう冷たかった。
3回ほど吹いては、排気を耳で確認する。
「肋骨の左右がくっ付いてるところの一番下、そこから拳骨一個分左に、
  左手を置いて、その上に右手を重ねる」

また声が聞こえた。その声に従った。
「強く、肋骨が折れるくらいに強く体重をかけて押す、
  速さは自分の脈拍ぐらい、10回やったら、また呼吸をやる」


声に従ううちに、いつの間にか救急車が到着。
それまで何分だったか、何十分だったか、何時間だったか、覚えていない。
夢中だった。
だが、救急車の職員が到着し、僕に代わり、今度はコンピュータ内臓の
電気ショックを発生させる装置をつけて、搬送に掛かる途中。
「かあちゃんは、もう失禁してるから、だめかもしれないよ・・・」
そう声は告げたのがその声が聞こえた最後の言葉だった。

何処をどう走ったのかは全く覚えていないが、病院に到着。
僕は母と私の名前や年齢、関係、発見時の状況を聞かれ、
母はストレッチャーに乗って救急処置室に消えていった。

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